6月7日(日) 戸石川から鶴沼川を釣る
今年も早々と心が折れた・・・
5月25日に新型コロナウィルスの緊急事態宣言が解除され、県内の事業者に出されていた休業要請が解除されて、今月から学校も再開された。コロナ騒動も収束の方向に向かっているのだろうか、まだまだこれから山場が来そうな気がするのだが経済を回さなければと言う合言葉でどんどん解除に向かって行くのがいささか気がかりではある。県境をまたぐ移動は自粛の要請が解かれていないが、既に他県ナンバーの観光客が会津を中心に目立ってきており、見た目の日常は確実に戻ってきている。僕と弟は、夜中に家を出て下郷町の道の駅に居た。今日は友人のNさんと同行予定でこの場所で待ち合わせなのだ。7時の待ち合わせなのにまだ6時前である、単純に計算違いなのだがまあ遅刻するよりは良かろう。それにしてもまだ夜明け前だと言うのに駐車場には何台もの車が停車している、そしてそのほとんどが県外ナンバーの車である。
拡げた折りたたみ椅子にもたれ、うつらうつらしているところにNさんが到着した。近くの観音川から釣り始めようかと言う事になったが、その前にNさんの遊漁券を求めなくてはならない。そう言えば近くの集落に漁協の組合長さんの家があった筈だ、道に迷いながらやっとたどり着いたが、ご主人が不在で分からないとのことで下の集落の酒屋さんを紹介された。目的の室井商店さんはすぐに見つかったが、遊漁券販売所の看板も幟のぼりも見当たらない、以前に何度か遊漁券を購入した事があるのでこの店に間違いはない筈なのだが。お店に入ったNさんと弟が戻って来た、遊漁券は年に3枚くらいしか出ないので今は取り扱いをしていないのだそうである。どこの川に行っても確かに遊漁券の販売所が減っている。釣り人が少ないのからなのか、無鑑札の釣り人が多いのか・・・。結局、遊漁券を求めて下郷の町中まで下って来た、国道121号線と県道131号線の出合いにある松島屋さんでついに遊漁券を手にした。Nさんが、ここまで来たら戸石川にしましょうと言うので観音川はパスすることにした、だって戸石川が目の前なのだから。
Nさんと弟を戸石に掛る橋に残して少し上流に移動し車が置けそうな場所を探して入渓した。入渓してすぐに小さなヤマメが釣れたものの後が続かない、釣り人の残した気配はあるのだが魚の気配はない。どうも水量が少なく魚の居るポイントは限られているようだ、続く浅瀬を延々と歩き、やっと釣りになりそうな小さな落ち込みと早瀬が連続する場所に出た、その小さな石裏のポイントにフライを落とすと、良型のヤマメが顔を出してビックリしたがどうにもうまい事フッキングできない。延々と歩き続けて完全に集中力が切れてしまったようだ。フライを交換しよう、額から落ちる汗を拭こうと眼鏡に手をやった時ちょっとしたはずみで偏光のフリップフォーカルが落ちそうになり、慌てて押さえたらなんと眼鏡の方が川に落ちた、「わっ!」と言う声よりも早く流れに消えた。フリップフォーカルは落とさなくて済んだ、先日の釣行でイーズグリーンの偏光のシーザーフリップを無くしたばかりでこれも失くしたら目も当てられない、ほっと胸をなでおろしたのだがよく考えるとホッとしている場合ではない。失くしたのは眼鏡だ、シーザーフリップならまた作れば良いが眼鏡はそうはいかない、シーザーフリップのレンズはこのRIDOLの眼鏡に合わせて作っているのだから他の眼鏡には使えない、そうシーザーフリップだけ残っていても何にもならないのだ。
先までの平底の流れなら何でもなかったのにわざわざ流れが複雑になって来た場所で落とすこともあるまい、とことん運に見放されている私なのである。眼鏡をはずした私の眼下を水面が幾重にも重なってぼやけて流れていく。顔を水面近くに落として舐めるようにしながら下流に向かってすり足で探していくが如何せん目が見えない。落ち込みを二つほど下がったところで流れに滲んでぼんやりと揺れる紅い影が目に入った。もしやと手を水中深く突っ込んでまさぐると、有った、間違いなく私の眼鏡だ、もうほとんど奇跡だとしか言いようがない。RIDOLの深紅のチタンフレームが殆どぼやけて見えない目にかすかに存在を知らせてくれたのだ、レンズの水分をふき取りもう一度シーザーフリップを付けてやった。ロッドが無くてもリールが無くてもフライが無くても釣りにならないけれどこの眼鏡が無ければ何もできない。この眼鏡、いったいどれだけ大切なんだと気づいた日だった。
すぐ上流の小さなプールの中央、半分沈んだ倒木の脇に良型のヤマメが浮いているのを発見した。いろいろな事があってまだ心がザワザワしている、少し落ち着けよともう一人の自分が言う、少し息を整えてからあのヤマメを仕留める事にしよう、ゆっくりとフライを交換したらラインのクリーニングもして余裕をもってフライをあいつの鼻先に送り込もう。フライリールから巻いてあるラインの半分程を引き出して足元に垂らした。ロッドのバットに愛用のラインクリーナーを付けてフライラインを挟む、C&Fデザインのルビーセルシューティングプラスと言うこのクリーナーは、中にルビーセルと言う多孔体が二つ付いていて先の一つでラインの水分を吸収し、次のセルでドレッシングを施すと言う仕組みで、挟んだラインをリールに巻き取る事でラインのクリーニングとドレッシング一度に行えると言うものである。正しく使えば便利な道具なのだが、短気な私はリールでチマチマとラインを巻き取るのが面倒で右手でラインを1mくらいづつ引っ張る事にしているのだが、それが見事に災いした。プールのヤマメが何処かに消えぬよう、水面下に揺らめくヤマメを見ながら数回フライラインを引いた時、ペシッと言う鈍い音が聞こえた。人生経験豊富な私はその音が何を意味するのかを瞬時に理解した。ロッドティップに目をやると案の定トップガイドが第一スネークガイドを道連れに頭を垂れて下を向いていた。同じことを去年自宅でやった、私は学習能力は無いが経験だけは豊富である。折れたティップを外そうとラインを手繰って居たら、足元の草に引き出していたラインが絡まった、それを外そうとして背中のランディングネットにラインを絡ませる。それこそ悲劇をあざ笑うようなフライラインの仕打ちに地団駄じだんだを踏みながら大きな声で吠えた。いつの間にかプールのヤマメの姿は消えていた。
ラインクリーニングは魚いないところでやるべきだ、魚を見ながらではなくロッドティップを見ながらやるのが正しいのだ。さらに言うならティップは地面に向けて行うのが正しいのである。何事も面倒くさがってはいけない、きちんと手順に従ってやれば何の問題も無いし何の技術もいらないのである。仕方がない少しでもフライラインがブランクにぶつからないよう、弟2スネークガイドのガイドフットのところでブランクを折って釣りを続けたがその後は何も起こる事無く、私は静かに川を出て下流の二人のもとへと向かった。
そろそろ腹も減って来た、朝立ち寄った漁協の組合長宅の近くに「そば処 なかい」と言う蕎麦屋がある。国道289号線を白河方面に進むと道路脇に幟のぼりが立っているのですぐわかる、前々から気になっていたので今日の昼食はそこでいただくことにした。田舎の民家を改装した蕎麦屋で大きな暖簾が下がっている。コロナの時期でもあり店の入り口にはアルコールの消毒スプレーが置いてあり、お客がそれを使わずに店に入ろうとすると店のばあちゃんがすかさず飛んできて「消毒してから入ってよ」と注意される。テーブルは向かい合わないように並んで使うようにされていてそばを運ぶ時もお金を受け取る時もビニール手袋を交換する念の入れように感心した。音金地区の原種「会津のかおり」を使った蕎麦、左から2番目が十念のタレ、左の蕎麦つゆで割っていただく蕎麦粉はここ下郷町音金しもごうまちおとがね地区の在来種の蕎麦を石挽した粉を使って居るそうである。以前より音金おとがねの蕎麦は美味しさに定評があり、私も昔から好んで食していたが、現在は「会津のかおり」という名で品種登録されている。原種のまま一切の人工交配が施されていない音金おとがね地区の在来種である。
もり天そばを注文した、もり蕎麦に天ぷらのセットで普通の蕎麦つゆの他に十念じゅうねん(エゴマ)のタレが付く。この十念のタレを蕎麦つゆで割っていただくのだが、おそらく十念じゅうねんのタレで麺類をいただくと言う地域は県内でもそう多くは無いと思う、是非一度は食していただきたい。蕎麦は折り紙付きの音金おとがねの蕎麦粉100%なのでまずい訳が無いのだが打ち方茹で方ともに文句なく、蕎麦の香りと独特の甘みが引き立つ。さて問題は天ぷらである、海老の天ぷらとサクラエビと豆の入ったかき揚げとコシアブラなどの季節の山菜が盛られている。蕎麦打ち自慢が高じて開いた蕎麦屋が往々にして失敗しがちなのが海老の天ぷらと蕎麦つゆであるが、この天ぷらはいやな脂臭もなくサクサクの衣に中の海老もホクホクで実に美味しかった。同行したNさんは生粋の板前さんなのだが、彼もこの天ぷらを褒めていたので間違いない。思いがけず美味しいお昼を頂いて、さっきの悲劇もすっかり忘れ去っていた。
美味しいお昼を頂いたところでまだ時間が有る、帰りしなに鶴沼川でも釣って帰ろうと言う話になった。鶴沼川も人気の河川なので釣れるかどうか分からないが夕方になれば魚の動きも良くなるだろうから。三人で川に立ち交互にラインを延ばしていく、僕はティップの捥もげたロッドをバット部分を曲げるようにしてキャストした。メンディングほぼ不可能なので空中でラインコントロールするしかない、スネークガイドは横に向けてラインがロッドに接触するのを避けた。問題はフッキングだが、それもそこそこクリアし1尾バラシたものの2尾のヤマメをキャッチした。なんか毎年のようにロッドを折っている、今年はまだ一本目だからな