9月28日 山形県 玉川釣行
今期最終釣行は、至福のキャンプ&フィッシング
いよいよ今シーズンも終了目前、いつもなら一緒に行く筈の弟が肩の手術で入院中の為、今回は単独釣行となった。長距離の移動は止め、今年まだ一度も行っていない置賜白川の辺りを釣ることにした。東北中央道から米沢に降り飯豊町に抜ける予定だったが、米沢中央ICが近づく頃、「あれ?米沢で降りたら小国もすぐそこじゃん♪」と耳元で囁くもう一人の自分の声が聞こえた。既に白川は目前、小国町までの半分くらいの距離を走ってるんだから当たり前である。気が付いた時には白川方面への分岐を過ぎ、113号線をひたすら新潟方面に向けて走っていた。山形県でも福島に近い南部の川は良く足を運ぶ、なかでも置賜白川、荒川、横川、そして急遽向かう事になった玉川が僕のメインの釣り場となっている。置賜白川は山形県米沢市の福島県との境にある吾妻山付近を源にする最上川の支流で、大朝日岳の東部から月山の北側を廻るようにして酒田市で日本海に流れる。近年は釣り人の増加と洪水の影響で場荒れ気味である。一方、荒川は大朝日岳を源に南西に流れ、飯豊山地に源を発する横川、玉川を支流に持ち新潟県村上市で日本海に注ぐ有名河川、渓魚だけでなく鮎の川としても有名である。支流の横川は小国町の荒川の赤芝峡の最上流部、玉川は新潟県境の赤芝峡最下流部で荒川本流と合流する。「白い森の国おぐに」と銘打つ小国町はその名の通り多くのブナ林を持ちブナの木肌の白さから名づけられたものである。ブナ林の澄んだ空気とブナの葉が透過する太陽の光は、心身を内から浄化してくれる気がする、僕はこの小国町を流れる川の釣りがことさら大好きなのである。
なんとか陽が落ちる前に玉川に着いた、イブニングの釣りは東北自然エネルギー長者原発電所付近の砂防堰堤上流に入ることにする、特別大物が釣れるとか、イワナの数がすこぶる多いと言う訳ではない、この渓間を流れる川の中でも道路に近く、暗くなってもすぐに川から上がれる場所だと言うのが唯一の理由である。この堰堤を僕は眼鏡橋と呼んでいるのだが、正式には「玉川スーパー暗渠砂防堰堤」と言い、半径5mの暗渠が4つあり、通常時は自然の流れを保ち、大洪水の時に暗渠手前で土砂をせき止める構造になっていて全国でも二つしかないという珍しい堰堤なのである。
川の傍に車を停めてロッドを繋ぎガイドにラインを通して藪をかき分けて河原に降りた。目の前の広い流れは右岸に沿って堰堤前に大きな抉れを作って暗渠の中を通り堰堤の下流側に流れて行く。堰堤手前の深い抉れもかなり魅力的だが、目の前の落ち込みからの広く深い流れの方がはるかに美しい、フライを摘まみロッドティップからフライラインを引き出した。ふと、何かが気になって下流の堰堤を振りかえった、さっきまで何もなかった堰堤下流の深みで黒装束の小父さんがなにやら暴れている。黒いウェットスーツを着て何か潜って取っているのかと思ったのだが、よく見たらそれは人間なんかじゃなくて随分と大きな月の輪熊だった。大きな頭とお尻を突き出して飛沫を上げながら右岸に向かって泳いで行く、長い人生で、犬かきならぬ熊かきを初めて目撃したが決してうまい泳ぎとは言えない気がするのだが・・・
「そうだ写真を撮ろう!」べストのポケットからスマホを取り出す間に熊はどこかに姿を消し、川は何事も無かったように流れて行く。ちょうど熊がいた場所まで40~50メートルくらいか、腰を抜かすほどの驚きでもなく割と落ち着いていた自分が不思議っだったが、次にどうすべきかの判断が出来なかったと言うのが真実である。 おそらく、はなから川を泳いで渡ろうと思っていた訳では無く、私が突然上流に姿を現したのでびっくりして川に飛び込んで逃げたのではないかと思う、熊の泳ぎはそれほどの慌てように見えた。丁度、わずかだが風も上流から下流に向かって吹いていたので、早めに人間の存在を知らせることが出来たのかもしれない、次回からは熊の匂いと風向きにも注意して釣りすることにしよう。目の前の素敵な流れとクマの恐怖、少しの時間、熊が消えたあたりを眺めていたが意を決して流れにフライを落とした、決して素敵な流れがクマの恐怖に勝ったという訳では無い、今この時間に通って来た藪に戻る勇気が無かっただけである。フライを流れにうまい具合に落とすものの周りが気になってついつい振り返ってしまう、フライにイワナが出たところでフライを見ていないのだから釣れる訳が無い。キャストしては辺りを振り返る、何とも間抜けな釣りをしてそろそろほとぼりが冷めた頃を見計らって車に戻った。
そんなわけで、楽しみにしていたイブニングの釣りはあっさりと中止になった、早々にテン場に移動してテントを張ることにした。今夜のテン場は天狗平キャンプ場、天狗平ロッジの前にわずかだがテントサイトがある、7月初旬から8月下旬までの間は管理人さんが常駐しているが、この時期はロッジも閉鎖されているので事前に管理人さんに電話で許可を得る必要がある。駐車場(飯豊山荘との共用スペース)に車を停めて、キャンプ道具一式をテントサイトまで運ぶ、今回は一人だしそれほどの荷物があるわけでもないので三往復もすれば事足りる。テントサイトに一本のミズナラの巨木がある、その下にテントを張った。何事も大樹の陰が安心感を増すのだ、ただただ小心者の親父である。テントを張り終えたらロッジのピロティを借りて一息つく、缶ビールの栓を抜き、すっかり熱くなった脳みそをクールダウンする。ランタンは2個、コールマンの2マントルを虫よけに隣のテーブルに置いたら、EPIのスモールランタンを自分のテーブルに置く。酒を飲むのにはEPIの灯りで十分だ。まだ18時を過ぎたばかりだが、辺りはいつの間にか暗闇となり、天井の星空だけが群青色に抜けている。突然、静まり返った空気を突き抜けて暗闇の中に「ボトン!」と言う音が響いた、一瞬「ドキッ!」として辺りを見回した、心臓の音が高鳴るのを平静を装ってごまかしながら五感を研ぎ澄ませていると、不規則な間隔で響くその音の主はミズナラの大木が散らすどんぐりだというのに気づいた。何回かに一度「ボン!」と言うテントのフライシートに落ちて弾む音がする。ボトン・・・ポトッ・・・ボトン・・・ボン・・・♪と響くミズナラのドラミングを肴にバーボンをあおった。今シーズン一番の至福の時間である。片道200km超、熊さんの激励も受けたりして、流石に疲れたので20時を過ぎたあたりにはテントに潜り込んだ。気をきかせてくれたのかミズナラのドラミングもいつの間にか止んでいた。
昨夜は早々と21時前に寝入ったこともあって早朝4時前には目が覚めた、まだ辺りは暗く僕は寝袋を抜け出る気力も無く時折フライシートの端をめくっては、白んでゆく空気を感じながらまどろみの時間を楽しんでいた。そろそろテントから這い出だすことにする、時計は5時を回りひんやりとした空気が朝霧となって一面を包んでいた。飯豊山の冷水を両手で顔面にかけると一瞬にして皮膚が収縮し寝ぼけ眼が拡張した。ぼんやりした辺りの景色が目に前に広がった。持参したコーヒー豆を挽き、飯豊山の冷水を沸かしてコーヒーを入れた、朝靄にコーヒーの湯気が溶けていく。
ウェーダーのベルトに熊鈴をぶら下げて歩き慣れたセラピー基地の遊歩道を行く、前回ここに来た時にパトロールのおじさんが付近で熊を見たらしく、20年近くパトロールしていて初めてだと言っていたので今回は準備万端である。トチやミズナラの葉が朝の陽を遮る小道を進むと間もなくブナの林が現れる、不思議なことにブナの葉は陽を遮るわけでは無く、優しくフィルターをかけて柔らかくなった光を大地に落とすのだ。澄んだ空気のブナの森を抜けると支流の梅花皮沢出合いに出る。まずは、梅花皮沢の堰堤上から釣り始める、まだ時間も早いからかフライを追う魚影は無い。やがて僕のお気に入りのポイントにでた、2年前に35cmを超える大イワナを掛けたポイントだ、#10のコオロギフライを流すと早速イワナがフライを追ったがフライは流れに引かれて落ち込みに消えた。Uターンしたイワナが戻ることはなかった、どうやらかなり鍛えられていそうだ。それほど大きなイワナじゃなかったけれど一尾目をキャッチできないと結構気持ちがへこむのだ。同じ流れの芯の向こう側をフライが流れて流心に戻されかけた時に、結構良いサイズのイワナがフライを咥えたが「ゴン!」と言う手ごたえだけ残して流れに戻って行った。このポイントで、2匹逃すとは、しかも2匹目のイワナのフッキングミスは後を引きそうな嫌な感触だった。フックポイントをチェックしたけれど特に問題は無いし、原因がわからないのは気持ち悪いので、TMC212Y#12のに巻いたフライングアントに変えた。次のポイントでもそこそこのイワナが出たがここでもガンという感触だけ残してあっさりとバレてしまった。ファイト中にバレるのは仕方ないとしてもこれだけフッキングミスをするのもそうそう無いことなので少々心が乱れててきた。
何とも落ち着かない気持ちのまま、この沢一番のポイントである広く長い流れに出た、普段なら流れの幾つかの筋それぞれにイワナが顔を出す最高のポイントなのだが、今日は足元から中型のイワナが走っただけで全く反応が無い、おそらくこの時期のイワナたちは既に上流に登ってしまったのだろう。もうすぐ2段の大堰堤に着く、登り詰めたイワナたちは堰堤下のプールに溜まっている事だろう、はやる気持ちを押さえながら小さなスポットにフライを入れる、落ち込みの肩ギリギリで派手な飛沫を上げてフライを咥えた。25cmくらいの中型のイワナだが、やっと釣れた安堵感で膝の力が抜けた。リリースして、石の上に腰かけて深呼吸をする、肺の中の酸素が入れ替わったのがわかる。その上の流れにもイワナは着いていそうだ、フライを落とす、飛沫が上がる、頭を振る感覚がグリップに伝わる、そして何も無くなった。何回か繰り返したフッキングミスがどうにもいら立ちを誘う、このままじゃシーズン最後の釣りを有終の美で締めくくることが出来なくなりそうだ。
もう一度深呼吸して新しい酸素を脳みそに送り込み堰堤下のプールを右岸から丁寧に釣っていく事にした。一投目、プールの流れが右岸沿いに流れ出す際の浅場の沈み石の頭にフライを落とすと飛沫が上がって反転するイワナが見えた、フライは水面から離れて宙を舞った。「げー!」気持ちを入れ替えての一投目だと言うのにどういう事だ、今回はちゃんとフライを咥えていない、食うのが下手なのかそれともフライが気にいらないのか。大物をと思ってチョイスした#12の羽蟻パターン、勿論そんな大きな羽蟻なんて見たこと無いし、そもそもこれが羽蟻に見えるかさえ疑わしいのだが、だんだんとフライのチョイスに自信が無くなってきた。フライを同じ羽蟻パターンの#14に替えて、同じところにフライを通すと先のイワナが大きな飛沫を上げて反転した。今度はしっかりとフックが刺さっている。今イワナが出た場所の隣の流れの沈み石の上をフライを通してやると、同じようにイワナがフライを咥えた。流れ出しの幾筋かの沈み石周りや流れが反転しだす白泡の下、大石の下のエグレからと次々にフライを咥えるイワナ達、水面を破り宙を舞って水面上からフライを押さえこむイワナも反転して黄金の体側を露わにフライを咥えるイワナもいる。27cm~28cmのイワナがとにかく派手なライズと強い引きでプールを走り回った。さっきまでの釣りはいったい何だったのだろうか、原因はフライのサイズなのだろうかそれとも単に地合いだったのだろうか。
プールの右岸(流れ出し)でほとんどワンキャストワンフィッシュ状態の釣りを堪能し、反応が無くなってきた頃合いでプールの左岸側に移動した、左岸は流れが反転して滝に戻る反転流の釣りになる。前回の釣行時に大きなイワナにフライを見切られたポイントに今度は212Yの#10に巻いたジョロウグモのフライを落としてみた、手前の浅瀬までゆっくりと流れて来た時に大きな魚体が浮いてきた、「やった!」と内心ほくそ笑んだところでイワナは鼻先でフライを宙に跳ね上げると反転して水中に消えていった。またしてもやられた、来シーズン必ずリベンジしてやろう。フライをフライングアントの#14に戻して同じところで2匹ほどのイワナを書けた後、足元で反転した流れが堰堤に戻り流れ落ちる滝とのぶつかりに作る白泡にロングキャストしてやる。白泡の切れ目から飛沫が上がって確実にフッキングした、この川では珍しくブルーバックに薄水色の反転を持つそれは綺麗なイワナだった。遠目でフッキングさせたので、足元まで寄せる間プールを自由自在に走り回ったものだからすっかりポイントをダメにされてしまったが、最後の最後で良い釣りが出来た満足感に満たされて登山道に戻った。熊さんの気配を探りながら登山道を下って行くと、途中に落ちた栃の実の殻が道沿いに続いている、よく見ると実は一つも無く全て殻ばかり、何者かが中身を持ち去ったか食べ去ったかに違いない、恐る恐る周りの藪や木の上に目を配り、熊鈴の鳴りを気にしながら速足でその場を通り過ぎた。
まだ時間も早いので本流出会いから堰堤までの間を釣ってみることにした、この区間も割と楽しい釣りが出来るのだが、入渓しやすいので釣り人も多くタイミング次第のポイントである。良い時期は、本流出会いから良い釣りが出来るのだが、思った通りイワナは上流に登っているらしく下流の好ポイントでの反応は無くたまに小さなイワナが走る程度である。堰堤近くの大場所の一つ右岸側の大石の陰に立ち、フライをタバスコ#10に結び変えた。今日、ほとんど魚が出なかった流心脇にフライを落とすと流れが開けるあたりでフライが消えた、グイグイとラインを引きながら渕尻の落ち込みに走る、その下のプールまで段々の落ち込みが続き、かなりの落差で下のプールへと続いて行く。下の落ち込みには入られたくないのだが、私の立ち位置が落ち込みの後ろ側の大岩の陰なので上流に向かわせる術も無く、一段目の落ち込みにイワナが落ちた。これ以上、下流の落ち込みに入られたらおそらくキャッチするのは難しいだろう、竹竿のバットに左手を添えて大きく竿を上げ、落ち込みからイワナを引っ張り出すと足元の大木をクリアして岸際の小さな溜まりにイワナを落とした。なんと、思った以上に大きなイワナ、見るからに尺を超えるイワナだった。いやいや、よくも釣り上げたものだとあきれるやら関心するやら、竹竿のなせる業だなあと我ながら感心した。小さなイワナを数尾追加してこの区間を終了、ほぼ満足の最終釣行となった事だしここで有終の美を飾ることにして堰堤脇の踏み跡を登り堰堤の上に出ると、突然目の前にがっしりした体格のおじさんが現れた、一瞬、あれか!と思って飛び上がりそうになったが前のベンチに座っているおばさんと山の散策中だったらしい。「こんにちは」と挨拶をした、二人とも腰から籠を下げている。はは~ん、さっきの栃の実はこの人たちの仕業だったのか、あいつの仕業じゃ無いことが分かってとりあえずほっとした。
天気予報は午後から雨、空を見上げるとそろそろ雨粒が落ちて来そうな雲行きなので急いでテン場に戻りキャンプを撤収した。ロッジの玄関のピノッキオに「ありがとうございました」と頭を下げた。朝の6時前に歩き始めほぼ7時間に渡っての渓流歩きでシャツもパンツもビショビショ、お向かいの飯豊山荘でお風呂を借りることにした。釣りには何度も来ているけれどここのお湯は初めてである。源泉は前に入った川入荘、梅花皮荘と同じで、泉質は「ナトリウム・カルシウム-塩化物泉・炭酸水素塩硫酸塩温泉(低拡張性中性高温泉)」である。ちょっとばかり長すぎて、結局のところ僕には良くわからないのである。山荘の玄関のドアを開けると左側にフロントがある、ここで500円を払って右手の階段を上ると行き止まりの左手に手作りの風呂がある。下から山荘を眺めることはあっても上から川を眺めるのは初めてだが浴場から見ると支流を覆う木々の葉が邪魔をして本流の流れはほんの少ししか望めないが、「ああ、あの辺があそこね」と想像をめぐらしてみた。源泉の温度は51℃、湯口で42℃と加水することなく源泉を楽しめる。
すっかり気持ちよくなって車に戻ると、まるでそれを待っていたかのように雨が降り出した。すべて撤収し終えたし、後は帰路に就くだけだから何の問題も無いがそれにしても何とタイミングの良い事だろう、おそらくは飯豊の山の神が守ってくれたのだろう、おかげでシーズンの締めくくりに相応しい素敵な釣行になったのである。